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    最上稲荷の基本知識

    最上稲荷の基本知識
    最上稲荷は神社ですか。お寺ですか。

     最上稲荷はお寺で、正式名称を「最上稲荷山妙教寺」といいます。明治の神仏分離令の際、他の神社仏閣とは違い「神仏習合」の祭祀形式が許されました。ですから鳥居や大注連縄もありますし、神宮形式の本殿なのです。
     当山に参拝されると、大らかで懐が深いという印象を持つ方が多いのですが、渡来の「仏」を受け入れ古来の「神」と融合させるという、日本人の心に沿った信仰形態だからではないでしょうか。

    本殿にお祀りされている神さまを教えてください。

     最上稲荷の本殿には、最上三神がお祀りされています。
    中央に祀られているのが、最上位経王大菩薩。法華経の精神をこころに、お慈悲をもって我々の苦しみを和らげ安らぎをお与えになる尊い存在という意味が込められたお名前です。親しみを込めて「最上さま」とお呼びもします。最上さまは五穀豊穣、商売繁盛、開運などたくさんの福徳をそなえておられ、その威神力をもって、我々の苦しみ悩みからお救い下さり、様々な御利益をもたらす神さまとして信仰を集めているのです。
     向かって左側に祀られているのが、八大龍王尊。古来より水を司る神さまとされ、干ばつの雨乞いや水難退散を祈って、法華経をかいして当山に勧請されました。
     向かって右側に祀られているのが、三面大黒尊天。魔障をはらい人々に幸福を授ける神さまで、名の通り、施福神、福徳神、憤怒神の三つのお顔をお持ちです。

    「最上さま」は商売の神さまですか。

     「最上さま」は、この世の人々を救済するために応現(相手に応じて姿を現す)されたのですから、縁起でもおわかりのように天皇の病気平癒も叶えてくださいますし、家内安全や合格成就など、その人に応じた願いを叶えてくださいます。

    最上稲荷が信仰を集めるようになったのはなぜですか。

     左肩に稲束、右手に鎌をお持ちという最上位経王大菩薩(最上さま)のお姿を拝見すれば、もともとは「五穀豊穣」の祈願がなされたのでしょう。最上稲荷の旧本殿は1741年に再建されたのですが、これに大きな力を貸したのは岡山の商人であることが、旧本殿周辺の玉垣の寄進者から分かります。地元の氏神的「五穀豊穣の神」から、商売繁盛の福の神として信仰を集めたのではないでしょうか。その後に建てられた外側の玉垣の寄進者を見ると兵庫・大阪・徳島の人がおられます。最上稲荷は、地元備中高松と岡山商人の強い信仰によって支えられ、江戸中期から後期にかけて郡部へ、さらに隣県へと全国に信仰を広げ、霊験あらたかということで「商売繁盛」だけでなく「家内安全」「開運招福」などの御利益を求めて参拝者が訪れるようになったのではと考えています。

    「最上稲荷総本山」「日本三大稲荷」という呼称は、なぜついたのですか。

     当山の歴史は、天平勝宝4年(752)に報恩大師が最上さまのお姿を拝見し自らお像を彫って祈願され、孝謙天皇の病気平癒を叶えたことから始まります。そして延暦4年(785)に桓武天皇の希望により「勅願所龍王山神宮寺」として開山しますが、羽柴秀吉(豊臣秀吉)の備中高松城水攻めにより建物を失います。慶長6年(1601)に領主の花房公によって関東から招かれた日円聖人により「稲荷山妙教寺」として再興され、近隣に信仰が広まりました。1250有余年の歴史を有する最上さま信仰の総本山ということから「最上稲荷」「最上稲荷総本山」という呼称で親しまれています。
     また、「日本三大稲荷」については、実は地方によって違ったりするので「どこが三大稲荷なのかわかりにくい」というお問い合せをいただくのですが、各宗派の中で大勢の信仰を集める代表的な稲荷というと、神道で祀られた伏見稲荷さん、禅宗で祀られた豊川稲荷さん、そして法華経で祀られた最上稲荷ということで、当山が三大稲荷と呼ばれるようになったようです。

    キツネをお祀りしているのではありませんか。

     最上さまの絵図でもお分かりのとおり、白狐は最上さまの御眷属(お使い)としての役を担っています。稲荷=キツネのイメージがありますが、狐は神格化されやすい動物であるため混同されたのではないでしょうか。

    妙見堂にはどんな神さまがお祀りされていますか。

     妙見さまは、正式名称は北辰妙見大菩薩(ほくしんみょうけんだいぼさつ)といわれ、備中高松城の守護神として祀られていたものです。国土を災いから守り、敵を退け、人々に福寿をもたらす功徳があるとして信仰を集めてきました。
     また、北辰とは「北極星」「北斗七星」を指し、船乗り達の道しるべの役を果たしたことから航海安全、「妙見」という言葉から眼病平癒が祈願されます。6月第2日曜日には、妙見堂にて開運厄除・長寿健康を祈願する式典が行われます。

    清正公堂にお祀りされる清正公(せいしょうこう)はどんな神さまですか。

     清正公とは、戦国時代の武将・加藤清正公のことです。清正公は熱心な法華信者でしたので、法華経を守護する諸天善神に列せられ、当山清正公堂にお祀りされています。毎年4月23日には、山内僧侶総出仕のもと法要が営まれます。

    幟や鳥居の色は、なぜ赤いのですか。

     古来より、赤は火の色とされ、魔除けの力があると信じられてきました。祭や祝い事の際には赤飯は欠かせませんが、赤い小豆には厄除けや疫病除けの力があると信じられていたからです。赤は、信仰的な意味合いの深い、縁起のいい色といえます。
     ちなみに、当山の境内に建てられている幟は、全国の信縁の皆様が奉納されたもので、大小併せて約百五十本を数えます。幟の赤地の赤は魔除けを、白文字の白は清浄さを表し、最上稲荷の名物として参拝者の方から親しまれています。

    おみくじに大凶があると聞きましたが、本当ですか。

     当山のおみくじは、江戸初期から伝わるもので、版木も現存しています。内容は、法華経の経句を出典とする文言で、これを用いて願い事の可否を示すのは珍しいそうです。縁起が悪いといって「大凶」を外す寺社もあるようですが、当山は伝統を守って、「大凶」を残しています。苦言を呈する方もおられますが、最上さまからの開運指南、お示しと捉えて、日々を用心して過ごしていただきたいものです。良い順番に「大吉」「吉」「半吉」「凶」「半凶」「大凶」ですが、各寺社により異なるようです。

    仁王門の形が変わっているのは、なぜですか。

     門前町を上って参拝者をお迎えする仁王門ですが、インドの殿堂様式を取り入れた石造りのものです。なぜ石かというと、火に強いからです。1958年に再建される前の仁王門は木造のものでしたが、昭和25年(1950)に近隣を焼き尽くす山火事で仁王像もろとも焼失しました。しかし、被害は仁王門のみで、本堂や本殿は火災を免れました。仁王さまが稲荷を救って下さったと感謝した当時の住職の「二度と火災に遭わないように」との希望を耳にした仏教考古学者・石田茂作博士が「石造の仁王門はどうか」と発案されたそうです。
     平成20年(2008)に建立50年を迎え登録有形文化財にも指定された建物ですが、酸性雨などの影響で老朽化がみられ、平成25年(2013)に改修工事が行われました。

    お参りの仕方について

    お参りの仕方について
    お参りの仕方を教えてください。

     始めに、最上稲荷で受けられた古いお札やお守りを納札堂へお返しします。
    次に、お水舎で手と口を清めます。まず、右手に柄杓を持ち左手を洗い清め、柄杓を左手に持ち替えて右手を清めます。再び右手に柄杓を持ち、左の掌で水を受けて口をすすぎます。最後に、柄杓を立てて柄に水を流し清めて元の位置へ置きます。
     さて、御宝前では、心が落ちついたところで静かに合掌しましょう。そして、当山は法華経で勧請した“お稲荷さま(最上位経王大菩薩)”ですから、「南無妙法蓮華経」とお唱えするのが正式な作法です。

    合掌にはどのような意味がありますか。

     最上標語に「右は神仏左は人間、合わせて合掌 右は自分左は他人、合わせて一つの心」とありますように、一般には右手は仏さま、左手は衆生つまり私たち人間を表し、その両方がひとつになる姿が合掌と考えられます。ただし、右手だけが仏さまのように汚れていない、と考えるわけではありません。どちらの手も、親指、人差し指、中指を「浄指」といいます。
     一般には、合掌は五本の指をきちんとそろえ、指先を鼻の高さ、一握り前あたりに上げます。合掌の言葉通り、両方の手のひらをぴったり合わせることが大切です。
     また、礼拝する形にも注意しましょう。ただ首を曲げたり、背をかがめたりするだけの人がいますが、見た目にも美しいとはいえませんので、腰からまっすぐに傾けておじぎをしましょう。

    お供え物は何がよいでしょう。

     真心をお供えするので特に決まりはありませんが、一般的に香、華、灯、菓、茶、味を説いています。最上稲荷で良くお見かけするのは、お線香、お花、お灯明、御神酒、お米、油揚げです。

    身内に不幸がありましたが、最上稲荷にお参りしてかまいませんか。

     最上稲荷は仏教でお祀りされた稲荷ですので、お参りされて結構です。

    朔日参り(ついたちまいり)とはどういうものですか。

     月の晦日(30日または31日)の夜から朔日(1日)の朝にかけてお参りする風習があります。両日にまたがってお参りするので、「一度のお参りで二日おまいりしたことになる」ので特にお陰があると言われ広まったようです。
     最上稲荷では、1日は最上さまと結縁する日として、午前0時から本殿でご祈祷が行われ、境内は終日、お参りの方でにぎわいます。

    ご祈祷・ご供養について

    ご祈祷・ご供養について
    ご祈祷・ご供養は、いつお参りしてもお願いできますか。

     ご祈祷は、朝のお勤めが6時、次は9時、10時と1時間おきに16時まで行います。また、車体祈祷(車の交通安全祈願)は、9時30分、10時30分と1時間おきに15時30分まで行います。
     ご供養は、根本大堂での同席をご希望ならば事前予約が必要です。同席を希望されない場合は、祈祷受付開設時間(5時30分から19時)内にお申込みいただけます。
     詳しくは、「ご祈祷・ご供養・写経」のページをご覧ください。

    ご祈祷は特別なことでしょうか。

     私たちは、平常自分の目前のことしか考えない場合が多く、他人のため心の底から祈ることを忘れています。けれども、自分の肉親の命に係わるような災難や大きなショックをうけると、何か大きな力にすがってでもそれを乗り越えて欲しいという願いが心の底からわき出てきます。その時の願いは、ああなりたい、こうなってほしいと日頃思う安易で自己満足的な願いよりも、より強く純粋な祈りとして現れるものです。これがご祈祷の心に通じています。
     私たちは自分の分別や意識だけをあてにして物事を処理することを合理的だと考えますが、意識や分別は、元来、自分に都合のよいような狭い考えの世界でのものでしかありません。そうした自我中心的な分別を超えた深く広い心の世界こそ最上さまのおられる御仏の世界といえましょう。そういう広い心の世界で、最上さまの御心と私たちの心が通じ合い、正しく生きる決意と生き方がもたらされ、その生き方の中で自他平等の除災招福が願われる、これがご祈祷です。
     とはいうものの、我利我欲を超えて最上さまの御心と通じ合う世界に入り、自他共々の息災を祈るというのは、なかなか難しいことです。そのためには、正しい仏道の修行によって仏祖から伝えられた儀式方法(修法)を身につけた人にご祈祷をしていただき、力添えを受けて一緒に祈るのが良いでしょう。

    どんな願いも叶うのですか。

     最上さまでも叶えられない願いがあります。それは、「人が不幸になる願い」と「自然の摂理に背く願い」です。
    最上さまは人々のすべてを救済するために応現されたのですから、誰かが不幸になる願いは叶えるわけにはいきません。つまり、「嫌いな○○さんが大けがをしますように」という願いです。
     また、過去や未来を入れ換えるような願いも叶えられません。例えば、「やり直しますから子供に戻してください」「消失前の家に戻してください」という願いです。時は未来に向かって進むのが万有の法則なのですから、最上さまも自然の摂理に背く願いは叶えられません。

    お坊さんなら誰でもご祈祷を行えますか。

     最上稲荷にお参りされご祈祷を受けられた方は数多くいらっしゃいます。その祈祷修法を執行することができるのは「大荒行」を成満した僧侶のみです。
    開祖報恩大師摩訶聖人が示されたご祈祷の精神の体得と、歴代先師修法の秘事を受け継ぎ定められた行堂清規(加行の規則)に従って、自己の心身を責め、鍛え、これに耐え抜くことが苦修錬行といわれ、「大荒行」と称せられるのです。この大荒行に入行して修行するということは、先ず自分の三世(過去・現在・未来)にわたる罪障消滅を願い、その錬行に耐えることにより妙法宣布にあたっての忍難受苦の強い精神を養い、苦行による宗教的体験によって信心をより一層高めることになるのです。
     21日間の大荒行期間中の根幹をなすものは、1日7回の「水行」と、日々課せられるお経を読誦することです。また、日々これ「行」という大荒行では、新聞・ラジオ・テレビは勿論ないですし、日曜休日もありません。自我を捨て自ら自由も世間的な地位なども省みることなく、総てを最上さまにお預けしての難行苦行の3・7日間です。
     毎年5月3日から23日が女子の行、11月3日から23日が男子の行が行われます。尚、大荒行を成満した僧侶は「修法師」に任命されますが、「修法師」でなければ、「木剣加持(ぼっけんかじ)」すなわち木剣を持ってのご祈祷はできません。

    ご祈祷の時に、お坊さんが手にされるものは何ですか。また、私たちの頭を撫でて下さるものは何ですか。

     ともに祈祷を行う際に用いる修法要具です。
    祈祷の際に打ちならすのは「木剣(ぼっけん)」といい、剣の形をした木に曼陀羅を記し、法華経の要句や諸天の神名等も書き入れるようになりました。
     また、お上人が首から下げ祈祷の時に皆さんの頭上にかざすものは「撰経(せんきょう)」といわれ、日蓮聖人が撰述された祈祷経です。もとは法華経を広めようとする修行者の守護を諸仏に祈願するために法華経各品の肝要部分を抜粋されたそうです。これを毎日一度読誦し修行すれば、現世安穏、後生善処の大果報を得て、大願も成就するといわれ、祈祷の際に用いられるようになりました。ただし、これは門外不出の秘書とされ、相伝は規定の修行をしたものにのみ許されているもので、非常にありがたいものです。

    厄除けの祈祷はされていますか。

     厄年とは、人の一生のうち、災難に遭いやすい年齢を修法の先師たちが割り出されたものです。その年齢に当たる人たちは、その期間は何事も忌み慎むことが大切です。
    該当する年齢とは、数え年(産まれた時を1歳とし、以降正月が来るたびに年齢を一つずつ重ねるという数え方。「誕生日前は満年齢+2歳」、「誕生日後は満年齢+1歳」で数えます)

    男性 女性
    前厄 本厄 後厄 前厄 本厄 後厄
      25歳     19歳  
    41歳 42歳 43歳 32歳 33歳 34歳
      61歳     61歳  

    をいいます。特に男の42歳、女の33歳は大厄といってもっとも注意すべき年で、その前後の年を前厄・後厄として、都合3年を厄年とするのが普通です。
     厄年とされる頃は、男女ともに、肉体的にも社会的にも一つの変革期、曲がり角に相当する頃といえましょう。人生の節目に当たる年齢でありますから、その年齢になったら健康やケガなどの災難に注意しなくてはなりませんし、大厄とされる42は「死に」、33は「さんざん」に通じるといった語呂合わせからの精神的要素も無視できません。
     当山では、古くから最上さまの威神力におすがりし、厄除けのご祈祷が行われるとともに、厄除得幸を祈念するお札を授与しています。詳しくは、祈祷受付(参拝部)までお問い合わせください。

    将来、お墓の建立やお祀りに不安があるのですか、どうしたらよいでしょうか。

     個々の家庭によってさまざまなご事情がおありだとは思います。「家」という概念が薄れ、少子化傾向と相まって、お墓を建立したくとも、末永く管理できるのかという不安を抱く方のお声も伺います。そのような場合には、選択肢として納骨堂もお勧めします。

    最上霊園や納骨堂・霊山閣は、檀家にならなくても申込みできますか。

     最上霊園、納骨堂とも宗旨宗派は問いません。お気軽にご相談・お申込みください。詳しくは「最上霊園・納骨堂」のページをご覧ください。

    お札やお守り、念珠について

    お札やお守り、念珠について
    お札やお守りは、いつお参りしてもいただけますか。

     祈祷受付開設時間(5時30分から19時)でしたら、ご祈祷済みのお札やお守りを授与いたしております。

    お札やお守りの意味を教えてください。

     最上さまは、私たちの身近におられ、いつでも見守っていらっしゃいますので、いつどこででも合掌しお題目を唱えて拝めばよいのです。けれども、私たちは形があって目に見える仏像などが前にあったほうがより拝む心がしっくりしてきます。同じように、最上さまの功徳をいただくときにも、それを表す何かの形があったほうが安心感は深いのものです。
     忙殺されて日頃忘れがちな、お参りした時の清純な心やその時誓った固い決意、また最上さまへの敬虔な思いなどが、お札やお守りを持っていることによって心に蘇り、気持ちが安らぐとともに油断しがちな行いを引き締めることにもなるのです。

    古いお札やお守りはどうしたらよいでしょう。

     同じお札を何年も持ち続けても、御利益に変わりはありません。また、幼い時に母が遠くのお寺から授けてくれたお守りなどは大切に持ちつづけることもあるわけです。
     けれども、交通安全は年中のことであっても、特に注意を新たにするために交通安全週間を設けるように、できれば年ごとにお参りしてお札やお守りを新しく授かるのはよいことです。
     もちろん、一度授かったものは大切にすべきですし、古くなったり破損したりしたものは、今まで守っていただいたことに感謝して、清浄な火でおたきあげする(燃やす)か、きれいな川に流すか、または、そういう場所があれば社寺にお返しするのがよいでしょう。
     最上稲荷では、一年間お預かりした古札を護摩壇でおたきあげする「お火たき大祭」が、12月第二土曜日・日曜日に執行されます。当山で受けられた古いお札やお守りを持参されて、感謝を込めてご自分の手でおたきあげされても良いでしょう。

    お札を粗末にすると罰があたるのですか。

     もともと神仏側には、人々の幸せを願うみ心こそあれ、罰をあてて不幸にしてやろうという思いはありません。科学的に分析すると、お札は単なる紙や木になってしまうかもしれませんが、同じ紙でも、その人にとって大切な手紙や写真となるとどう扱うでしょう。 私たちは、自分の分別や意識を頼りに処理することを合理的だと考えますが、意識や分別は、元来、自分に都合の良いように判断する狭い考えのものです。ところが、自我中心的な分別の超えたところに、仏の世界が開けてくるのです。
     仏・菩薩のお慈悲と加護を信ずる他の多くの人々が大切にするお札を、ただの紙切れ木切れとしか見ることができないこと自体が、自分だけの心という狭い世界に閉じこもって、より広い仏さまの世界に思いを向けることができない、より豊かな功徳の世界に心が開けてゆくことができない、ということもあって、結局は自分自身の心を粗末なものに扱っているということにもなります。

    私の好きな芸能人がブレスレッドのような念珠を身につけていますが、どんな意味があるのでしょう。

     念珠というと、お葬式や法事など仏事に持っていくものというイメージですが、その元々の作りを見てみると108粒の玉をより糸で繋いでいます。これは人の持つ108つの煩悩を象徴し、これらが一つに繋がることによって総てに和するようにとの願いが込められています。また、仏さまの手のひらである合掌の中に包み込まれ、清らかな心でお参りしようとの現れでもあります。
    このありがたい念珠を身近に腕に身につけられるように小型化したものが腕輪念珠です。けれども、お若い方の中には、パワーストーンと置き換えてお守りとして、また、見た目がきれいなものも多いのでブレスレッド代わりに使われるようです。
     最上稲荷では、腕輪念珠を始めとする縁起物を「売店」(9時から16時30分)で扱っています。また、WEBからもご購入できますので、詳しくは「幸運ショップ」をご覧ください。